朗読・人魚の姫


 あたりが暗くなると、色とりどりのランプに火がともされ、水夫たちは甲板かんぱんに出て、楽しそうに踊おどりはじめました。人魚のお姫さまは、はじめて海の上に浮びあがった晩のことを思い出さずにはいられませんでした。あの晩も、いま目の前に見ているのと同じように、にぎやかによろこびさわいでいるありさまが、目にうつったのでした。お姫さまも、みんなの仲間にはいって、くるくる踊りまわりました。そのありさまは、なにかに追いかけられて、身をひるがえしながら、軽々と飛んでいくツバメのようでした。見ている人々は、みんな、手をたたいてほめそやしました。お姫さまが、こんなにみごとに踊ったことは、今までにもありません。か弱い足は、するどいナイフでつきさされるようでしたが、いまはそれを感じないほどに、心のきずは、もっともっと痛んでいるのでした。
 お姫さまには、よくわかっているのです。今夜かぎりで、王子の顔も見られません。この王子のために、お姫さまは家族をすて、家をすてたのです。美しい声もあきらめたのです。くる日もくる日も、かぎりない苦しみをがまんしてきたのです。それなのに、王子のほうでは、そんなことは夢にも知らないのです。王子とおなじ空気をすうのも、深い海をながめるのも、星のきらめく夜空をあおぐのも、今夜かぎりとなりました。考えることのない、夢見ることのない、はてしなくつづくやみの夜だけが、お姫さまを待っているのでした。思えば、お姫さまには魂がありません。得ようとしても、いまとなっては、手に入れることのできないお姫さまなのです。

原稿は青空文庫さまより、
BGMはDOVA-SYNDROMEMさまよりお借りしました

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